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彩のかがやき応援米! 松本米穀精麦(株) [平成22年産米]

彩のかがやき応援米.jpg
松本米穀精麦(株)では平成22年産の「彩のかがやき」を使ったお米、『彩のかがやき応援米』の販売を開始いたしました。
今年、「彩のかがやき」の登熟期間が非常に暑く、お米は穂が出てから20日間、平均気温が27℃を上回ると米粒に白い部分(白未熟粒)ができてしまいます。「彩のかがやき」は異常高温(平均気温29度)にさらされ白未熟粒の割合が多くなってしまいました。
「彩のかがやき」は、コシヒカリとササニシキの遺伝子を併せ持ち、且つ減農薬栽培で育成されるとても美味しいお米なのです。
埼玉県の彩のかがやき誕生物語をご覧下さい。
http://www.pref.saitama.lg.jp/uploaded/attachment/416870.pdf
私も、平成22年産の彩のかがやきを既に10回ほど炊飯を行いました。
お米自体は1等米の収穫はなく、殆どが格外のため確かに見た目は良くはありません。しかし、炊きあがったときの味はやはり、彩のかがやきであることを実感いたします。べちゃつき感はあると思っていましたが、思ったほどではありませんでした。

皆さん!埼玉県で生まれた美味しいお米彩のかがやきを応援いたしましょう!!
松本米穀精麦(株)は彩のかがやき応援します。
がんばれ!!彩のかがやき!

炊きあがりのお米が茶色くなった(茶米菌) [おコメ よくある質問]

エクアドル茶米菌という土壌に多く生きている菌によるものが殆どです。炊きあがりのお米の一部にポツンポツンと茶色く色がついた炊きあがりになることが多いのも特徴的です。その細菌が作る「ステブノリン」と言う物質に依りお米が変色します。お米の育成中に土から米粒への付着・侵入によるケースや、茶米菌自体があらゆる所に棲息している為台所に棲息していた菌の混入も考えられます。茶米菌による被害が出た場合、炊飯にかかわるお釜や食器などはすぐに煮沸をすることをおすすめします。

夏などは水が温かく、菌などが沸きやすい環境であります。お米を洗米後は出来るだけ涼しい場所(冷蔵庫など)で保管されることもおすすめします。

茶米菌による食害はありません。

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毎日の食事を通じて健康になれること、
日本の食文化の素晴らしさを伝えたい…
松本米穀精麦株式会社 ライス・スクエア
〒360-0031埼玉県熊谷市末広1-79
【 E-mail 】kumagaya@naozane.co.jp
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もち米③ もちは何故浸漬後ザル上げしてから蒸すと美味しくなるのか? [おコメ よくある質問]

十分に水に浸漬(8時間から一昼夜)するのはでんぷんを十分に糊化させるためです。長時間浸漬しないともちはでんぷん組織(アミロペクチンは房状の組織形態)の関係から十分吸水されず、糊化しないため硬い部分やつぶつぶ部分が残ります。

逆に今度は充分浸漬され糊化されたもちは、体積膨張し充分に吸水されている状態のため水切りを充分に行わないと、でんぷん組織(アミロペクチン)の関係から水を多く含んだままとなります。   

『粘る』以外にもち米の特徴は『体積増加が非常に多い』点です。水分を多く含んだままではそれに伴って膨張します。蒸して調理するため、水切りを行わないと餅に吸収された水分が残った形となるため、かえってベチャつきの原因となるのです。

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もち米② もち米は何故蒸すのか? [おコメ よくある質問]

もちとうるちはでんぷん組織に違いがあります。

一般的なうるち米のでん粉はアミロ-ス約20%、約アミロペクチン80%、もち米はアミロペクチンがほぼ100%です。

アミロペクチンは糊化しやすい性質のため、炊飯では表面がすぐに粘り始める為に、炊飯器の早切れなどを起こし、芯まで熱伝導されないなどの問題を起こします。それに、炊飯では仮に芯まで熱が通った場合ではべちゃべちゃした炊きあがりになってしまうのです。そこでもちは蒸す方法が多くとられています。


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もち米① 透明なもち米について [おコメ よくある質問]

・透明なもち米について(うるちと区別がつきずらいほぼ透明色のものがある)
もち米はでんぷん組織の隙間に光を散乱させるため通常乳白色に見えます。これをりょく化現象といいます。やや水分が多いもち米の場合、りょく化現象はおきません。新米の時期など僅かな水分の違いで透明なもち米が多いのはこのためです。乳白色でなくほぼ透明で、うるち米と区別しずらい為、うるち米の混入と誤解される場合もありますが、ご安心してお使いください。乳白色のもち米と品質的には全く変わりません。

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田んぼの広さ [おコメの雑学]

 日本人は現在、一人あたり年間約70キロのお米(白米)を食べています。これだけのお米を収穫するには、どれくらいの広さの水田が必要なのでしょうか。

 お米は精米の段階で1割ほど重さが減るので、70キロの白米は約78キロ分の玄米に相当します。水田の10アール(1000平方メートル)あたりの収穫量は約500キロですから78キロの玄米を収穫する水田の広さは150平方メートルあまり(45坪強)になります。これはテニスコートの半面よりやや大きく、ちょっとした家が1軒建つくらいの面積ですから、意外に広い水田が必要なことがわかります。

 ところで水田の広さを表す単位は、歩、畝、反(段)、町という言い方が現在でも習慣として残っています。1歩は約3.3平方メートルで、1坪と同じ広さです。30歩で1畝、10畝で1反、10反で1町(町歩)です。

 歩は中国から入ってきた単位ですが、畝、反、町は、日本独特のもの。いつ頃から使われていたのかは定かではありませんが、町といういいかたは『日本書紀』にも記されているのでかなり古くからあったようです。

 豊臣秀吉の太閤検地の時に、それまで360歩を1反としていたのを、300歩に改め、同じ頃に畝という単位が登場して現在に至りました。ちなみに、1人が1年間に食べる分の水田の広さ150平方メートルは、およそ「1畝15歩」に当たります。

1歩(ぶ) 3.3058平方メートル
1畝(せ) 99.174平方メートル
1反(たん) 991.740平方メートル
1町(ちょう) 9 9917.4平方メートル
1アール 100平方メートル
1ヘクタール 1万平方メートル


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粉状質粒/未熟粒って?(白いお米) [おコメ よくある質問]

お米(もち米でなくうるち米)が白濁している場合、もち米と間違えられる場合があります。しかし、うるち米が白いのはでんぷんの集まりが整粒(透明で形の良いお米)に比べやや不足している為なのです。天候状況により生育不足や、登熟する前に早く刈り取られてしまったお米などがこれに該当します。これらの白いお米は「粉状質粒」(シラタ)と呼ばれます。

洗米時に割れるお米もありますが、炊きあがりの状態は透明な整粒(正常粒)と同じように炊きあがるものが多く、問題なく食べられます。

(尚、もち米の白さについてはもちの項目参照。)

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低アミロース米とは?   低アミロース米 <夢ごこち>について [おコメ よくある質問]

低アミロース米とは、もち米とうるち米の中間のお米といっても良いでしょう。品種としては”ミルキークイーン ”や ”夢ごこち ” などの品種が有名です。
いわゆる「新形質米」(※)として作られたお米です。

一般のうるち米のアミロース(硬い炊きあがりとなりやすいでんぷん組織)が20%位なのに対し、夢ごこちやミルキークイーンなどのお米はアミロース含量が3~17%程度と低くなっているお米なのです。代わりにもち米に含まれる ”粘るでんぷん組織 ”アミロペクチンが含まれています。このため低アミロース米は、普通のうるち米より、非常によくねばり、つやつやして柔らかめの炊きあがりとなります。

(※)新形質米…農林水産省のいわゆる「スーパーライス計画」
       (高付加価値米の安定供給技術の開発)により
       生まれたお米です。
        国の多数の研究期間が参加し、品種改良、
       栽培技術の改善などを行い生まれたお米です。
        低アミロース米の他、低グリテリン米(LG
       Cソフト)、巨大胚米(はいみのり)、有色素
       米(黒米の一種朝紫等)など各種のお米が誕生しました。


「特別栽培米」とは…、なんですか? [おコメ よくある質問]

「特別な方法で作られているんですか?」とお問い合わせいただくことがあります。

特別栽培米とは、『その地域で作られている慣行栽培(※)のお米に対して法律で 定められた節減対象農薬の使用回数が5割以下、化学肥料の窒素成分量が5割以下 であるお米』の事を言います。

 簡単に言えば、ある地域でお米を効率的に栽培、育成するために必要な農薬・
化学肥料の半分若しくはそれ以下の分量で栽培したお米の事を言います。

※:慣行栽培のお米…地域・自治体等により化学合成農薬の成分回数、化学肥料の
施用量  などを地域のお米の育成状況などに合わせ設定したレベル基準に
もとずいて栽培され  たお米の事を言います。




お米の賞味期限について [おコメ よくある質問]

・白米、玄米の賞味期限って?

 お米は法律上加工食品ではなく、野菜などと同じ農産物に該当します。
その為、賞味期限並びにその表示が無いのです。代わりに白米は精米年月日が
必要とされ、玄米には調製年月日(※)が米袋に印字されます。
 お米は温度や湿気などにより保存期間が変わります。

 (※)調製…お米の籾すり、選別作業(異物、雑草種子などの異種穀粒等を
       除去し袋詰め)等のことを言います。また食べやすいよう、
       玄米の種皮などを削る事もこれに該当します。


・真空米の賞味期限について

空気に触れない保存方法となっているため、未開封であれば常温で半年位は
鮮度を保つことが出来ます。(弊社暗室保管テストによる)
但し、高温や湿気の多い場所での保管は避けてください。


米のことわざ2 [おコメの雑学]

米の飯は仕事する
 お米の飯は身体に力が入り、仕事がよくはかどる。
 または、よく働くものはよく食べるの意。

米は実が入れば俯く
  人間は実が入れば仰向く 稲は実るほど穂を垂れて下を向くようになるが、人間は偉くなるほど上を向いていばるようになる。

米一粒汗一粒
 お米をつくるには大変な苦労がいること。

米櫃を潤す
 金もうけをする。多額の収入を手にすること。

米屋と質屋は三代続かぬ
 米屋と質屋は貧乏人を困らせるので長続きしないということ。

米屋は三度目に変えよ
 米屋は初めのうちはよい米を売るが、慣れてくると悪い米を売るようになりがちであるから気をつけよということ。昔いわれた諺。

米を数えて炊く
 つまらないことに気を使うこと。細かいことにこせこせしては大事をなすことはできないという戒め。また、物惜しみをするたとえ。

米を零(こぼ)すと目が潰れる
お米を大切にせよという戒め。

米を百里の外に負う
 自分は貧しい暮しをし、親に孝行を尽くすこと。

三度の飯も強し柔らかし
 毎日炊くご飯でさえ固かったり柔らかかったりしてなかなか思うようにいかないものだ。
 世の中のことはなおさらだ。

しょうことなしの米の飯
 麦飯を食うほうが安上がりなのはわかっているが、麦を買うには金が必要だから、仕方なしに持っている高い米を食うこと。
 また他に能がないので一事だけを自慢してみせること。

升を以って石を量る
 小さいものを基準にして大きいものを量ろうとすると誤差が生じるので、正確が期せないということ。
 小さい人物には大きい人物は理解できないこと。

米のことわざ [おコメの雑学]

ある時は米の飯
 将来のことは考えずに、できるときは思いきりぜいたくすること。

いつも月夜に米の飯
 いつまで続いても飽きないこと。

内の米の飯より隣の麦飯
 なんでも他人のものは自分のものよりよく見えて、羨ましく思うものである。

五斗米のために腰を折る
 五斗米は年五斗の扶持米のことで、わずかな俸給のために上にへつらうこと。

小糠三合あったら婿に行くな
 男はわずかでも財産があったら婿入りなどせずに独立せよということ。

米食った犬が叩かれずに糖食った犬が叩かれる
 大きな悪事を働いた者や主犯が罪にならず、小さな悪事を働いた者や末端の共犯者が罰せられることのたとえ。

米搗(こめつき)飛蝗(バッタ)が礼に来たよう
 むやみにぺこぺこと頭を下げて人にへつらうさまをあざけっていう。単に「米搗き飛蝗」ともいう。

米搗き猿の糸の切れたよう
頭を下げっぱなしのさまをいう。
米の飯が天辺へ回る すっかりぜいたくになってしまうこと。

米の飯と女は白いほど良い
 飯は白いものほど味がよく、女性も色の白い者ほど美しいとされたことをいう。

米の飯と天道様はどこへ行っても付いて回る
 どんな逆境でも食っていくくらいのことはできるということ。

米の飯より思し召し
 白米飯もご馳走だが、それをくれた志がはるかにうれしい。
 物よりも贈ってくれた心がありがたいということ。

米の飯に骨
 おいしいものにその味をそこなうものが混ざっていることのたとえ。
 転じて、表面は親切そうであっても裏面に悪意があることのたとえ。

醤油4 上手な醤油の利用方法 [おコメと、そのパートナーたち]

 古くから日本料理に密着してきた醤油には、胃液の分泌を活発にして、食欲を高め消化を助ける働きと、殺菌作用があるのです。

 また、私たちの身体に欠かせないアミノ酸を多く含んでいます。

 欠点といえば、塩分の多いことが挙げられますが、上手に適量をとるように心がけることが大切です。

 最後に、醤油は保存法を誤ると褐変現象により色や風昧が落ちてくる場合があります。

 おいしさを長持ちさせるには、開栓後、冷蔵庫に入れるのが一番です。

 また、新鮮なうちに早く使いきれるよう、使用量に合わせた分量を買い求めるのが上手な醤油利用法と言えそうです。  (日本醤油協会)

醤油3 万能調味料! [おコメと、そのパートナーたち]

 日本料理は正に醤油とともに発達してきたと言っても過言ではないでしよう。

 すき焼き、蒲焼、照り焼きから湯豆腐、煮物に至るまで、そのほとんどに醤油は用いられています。

 代表的な日本料理として知られる刺身も、江戸時代に良質の醤油ができるようになってから、わさぴ醤油の友として普及したと言われています。

 今でこそ「ソイソース」として海外でも大人気の醤油ですが、幕末の旅行案内にはこんなことが記されています。

 「日本にて平生肉食に馴れざる人は、船に乗るとき、漬物、醤油、その外の食物を少しばかり用意すべし。

 外国風の食物のみにて、はしめ二、三十日の間は困るものなり」。

 旅馴れた現代人でも、海外に出ると食事の面でホームシックにかかることが多いのは、醤油がいかに私たちの生活に根づいているかを物語っているようです。


醤油2 野田や銚子に・・・ [おコメと、そのパートナーたち]

 室町時代に入ると、商品としての醤油の製造が当時の文化の中心、関西で始まります。

 政治の中心が江戸に移った江戸時代の初めまでは、上方の醤油が主に流通していました。

 しかし、このころの醤油の値段は、米の3~4倍と、かなり高価なもので、今日のように一般に普及するようになったのは、それよりもう少し後のことです。

 人・物・情報がどんどん江戸に集まり、華やかな大江戸文化が幕を開ける頃になると、野田や銚子の醸造家を中心に関東近郊でも醤油が生産され、多様な食文化の発信地となり、江戸の需要に応えるようになります。

 色の濃い関東風の濃口醤油が、またたく間に将軍家から庶民に至るまで上下のへだてなく江戸っ子の食生活に浸透していったのです。




醤油1 中国からやってきました! [おコメと、そのパートナーたち]

 古代中国から伝わったとされている醤油の原型「醤(ひしお)」。

 保存のために塩漬けした発酵食品の一種で、材料別に、草醤(くさびしう)・肉醤(ししびしお)・穀醤(こくびしお)の3つに分けられます。

 このうち、米・小麦・大豆などを食塩とともに発酵させた「穀醤」が今日の醤油の元祖と言われています。

 仏教の伝来とともに肉食を敬遠する風潮が起こり始めたことから菜食に対する味付けに工夫が必要とされ、穀醤は調味料としての地位を築き発展していきました。
 わが国における醤油のルーツを探ってみると、その歴史は鎌倉時代にまでさかのぼります。

 信州の禅僧、覚心が中国より径山寺味噌(きんざんじみそ)の製法を持ち帰り、紀州の湯浅の村人たちにその製法を教える週程で、桶の底にたまった液汁で食べ物を煮るとおいしいことを発見。

これが現在の溜(たまり)醤油の原型とされています。




酢 4 疲労回復効果 [おコメと、そのパートナーたち]

 昔から身体に良いとされている酢には、次の3つの効用があります。

 1つは、酢のさわやかな酸味が唾液や胃液の分泌を促し食欲を増進させ、消化吸収を助ける働きです。

 2つめは、酢には防腐、殺菌効果があり、昔からすし等で品質を保つ方法がとられてきました。

 3つめは、酢の酸味が塩分を抑えた料理の味気なさをカパーし、減塩の効果があることです。

 また、酢には魚の生臭みを抑えたり、里芋のぬめりをとる等、調理上の効果もあります。

 酢は、肉・魚介類・野菜・果物など、いろいろな食物と良く合うので、栄養面での偏りを防ぎ、パランスのとれた豊かな食生活に役立てられます。 (全国食酢協会中央会)

酢 3 米と酢の出会い [おコメと、そのパートナーたち]

 酢と米を使った身近な料理の一つに「すし」があります。

 すしは元々、魚を貯蔵するためにごはんと一緒に漬け込んだのが始まりで、ごはんは漬け床であって食べるものではありませんでした。

 その原型と言われるのが「馴れずし」です。

 室町時代になると、発酵するかしないかくらいのごはんと一緒に多少の酸味を帯ぴさせた魚を食べる「生成(なまなれ)ずし」が登場します。

 これが「押しずし」や「箱ずし」の原型です。

 その後、米酢を使って外部から酸味をつける「早ずし」が現れたのは江戸時代の初めからのことで、現在のように酢飯と生魚を合わせて握るだけの「握りずし」が考案されたのは、江戸時代も後期、文政年問になってからなのです。


酢 2 魚の種類に応じて [おコメと、そのパートナーたち]

 酢が本格的に調昧料として利用されるようになったのは奈良時代以後のこと。

 『万葉集』巻十六にも記されているように、当時は「署(ひしお)」(当時の塩蔵発酵食品の総称で、草醤(くさびしお)、肉醤(ししびしお)、穀醤(こくびしお)の三種類に分かれていた)に酢を混ぜたものを鯛につけて食べるのが、たいへんなご馳走であったそうです。

 平安時代に入ると、塩・酢・酒・醤が使われるようになりましたが、4種すべてを食す経験を持てるのは、高貴な身分の人たちだけで、庶民のレベルで最もボビユラーな調味料は、塩と酢だけであったと言われています。
 
 室町時代には、刺身用に魚の種類それぞれに適した合わせ酢が開発されるほど、酢は調味料の主流として広く愛用され、種類も多彩になってきたのでした。

 江戸時代に入ると「いずみす」は相模の中原(神奈川県)、駿河の善得寺(静岡県)、尾張の半田(愛知県)の地に伝わり「酢屋」として酢を売る店が独立しました。




酢 1 人類が初めて知った酸味物は…? [おコメと、そのパートナーたち]

 酢の歴史をひもとくと、遠く紀元前5000年頃の古代パビロニアの地で「ナツメヤシの樹液や果汁から酒などと共にビネガーが作られていた」という最古の記録にたどり着きます。

 人類が初めて知った酢、それは果実などを貯えている間に発酵してできたものだったのです。

 その後、西洋ではビネガーは家庭で作られるようになり、風味材や保存料として用いられていたようです。

 隣の中国でも、日本の縄文時代の頃には、すでに臓(なます)を食べていたという記録が残されており、日本に酢の醸造技術が渡来してきたのは、古墳時代の応神天皇(369~404年)の頃と言われています。

 その日本最古の酢は「いずみす」と呼ばれ、和泉の国(現在の大阪府和泉市)で作られたそうです。


佃煮4 食欲増進効果あり! [おコメと、そのパートナーたち]

 佃煮は、日本人の嗜好に合わせて原料素材と醤油の風味を生かしたもので、甘味をほどよく調和させた調味液が素材によく染み込むまで丹念に煮熟または焼煮して原料素材中の水分が調味液中の塩分、糖分、その他の調味料と入れ替わるまで煮詰めたものです。

 佃煮の栄養価は、当然のことながら、使われている原料によって異なります。

 小魚・貝類を原料としている場合には、たんばく質が豊富なだけでなく、まるごと煮込む製法上から各種ビタミン・カルシウム・鉄・リンなどのミネラルまでを豊富に含有しています。

 また、コンプのような海藻類を原料としている場合は、炭水化物の一種である特有の粘質物と繊維を含んでいるため、便通を良くし、またヨードを多量に含むため甲状腺腫等に効果があるとされています。

 鰹にコンプ、貝にコンプなど、二種類以上の原料を混合煮にしたものは、栄養面でも好ましいことであり、生妻・唐辛子・山淑などの香辛料を入れたものも、製品においしい香味・辛味を添え、食欲培進などの効果をもたらしてくれます。 (全国調理食品工業協同組合)

佃煮3 軍用品から一般家庭へ [おコメと、そのパートナーたち]

 明治27年に起こった日清戦争では、缶詰の姉妹食品として佃煮が重用され、戦地に大量に送られました。

 その後、明治37年の日露戦争においては、佃煮の軍需用品としての適性が高く評価され、佃煮製遣業は大きな発展を遂げました。

 軍人からその家庭へ、そして一般庶民の食卓へと需要は広まり、日本の食卓には欠かせない副食品としての地位を確立していったのです。

 大正時代になると、ますます庶民の支持を得て、従来の生鮮物だけでなく、タラ・コウナゴ・コンプ・スルメなどの乾物を原料とする佃煮が関西地方で始められ、だんだんと各地へ広まっていきました。

 関東大震災のつらい体験が、保存食・非常食としての佃煮の有効性を強く認識させ、その後の需要が著しく拡大したことは、歴史の皮肉な教訓と言えるかもしれません。


佃煮2 東の佃煮、西の時雨煮 [おコメと、そのパートナーたち]

 関東の佃煮と同じように、関西には時雨煮がありました。

 時雨煮は、新鮮な貝類に生姜を加えて煮上げたものです。

 かつて、尾張名古屋の門跡に奉勤していた者が、十月の時雨れどきに、徒然なるがままにハマグリと生妻を煮て門跡に献上し美味を賞賛されたのが、その名の始まりとされています。

 特に、肥沃な濃美平野を流れる木曾川・長良川・揖斐川が注ぐ伊勢湾で獲れるハマグリ・アサリ・シジミ等の時雨煮は有名でした。

 佃煮・時雨煮のいずれも珍味として珍重されましたが、江戸時代の生産様式は、小規模な家内生産の域を出ず、産業として大きく発展するのは、明治になってからのことです。

 明治10年の西南の役において、陸軍省が大量発注を行ったのが刺激となって、佃煮製造業は次第に盛んになっていきました。




佃煮1 佃島と佃煮の関係 [おコメと、そのパートナーたち]

 佃煮は、その名のとおり東京の佃島が発祥の地であると言われています。

 漁夫が湾内で獲った雑魚を塩煮にし、時化どきの非常食や出漁の際の保存食としたものを、佃島住吉神社のご祭礼の日に神前に供したのが起源であろうとされています。

 発祥の頃は、それを商売にする店もなく、ただ単に佃島の一名物に過ぎませんでした。

 それが、江戸時代の安政から万延年問にかけての頃、これを「佃煮」と名づけて江戸市中に販売する店が現れるようになったのです。

 当時の佃煮は、上流階級に珍重される嗜好食品でしたから、ハゼ・シラウオ・エビ・アミ・ハマグリなど湾内や河口で獲れる新鮮な魚介類だけが使われ、製法も二升炊きくらいの小さな煮釜が用いられ、少墨を丁寧に煮て作られていたようです。


豆腐4 ヘルシーフードとして注目! [おコメと、そのパートナーたち]

 古来、肉をあまり食べなかった日本人の食生活にあっては、豆腐は極めて重要なたんばく質源だったのです。

 また、原料となる大豆に含まれるたんぱく質やリノ‐ル酸は、血中のコレステロール値を下げ、動脈硬化や脳卒中を予防するのに優れた働きがあるとして注目されています。

 また、大豆の加工食品である豆腐は、壊れやすい、保存がきかないといった面もありますか、消化器系に負担をかけず、極めて消化吸収が良いといった長所があります。 (全国豆腐油揚商工組合連合会・日本豆腐協会)

豆腐3 精進料理から懐石料理へ! [おコメと、そのパートナーたち]

 遣唐使によって奈良時代に中国からもたらされた豆腐は、主に貴族や僧侶たちだけの食べ物でした。平安時代に栄西や道元らによって禅宗が伝えられると、「美食を戒めて素食をする」という思想のもと精進料理が盛んとなり、その材料として豆腐が使われ、料理方法も多彩に複雑に発達していきました。

 室町時代になると、懐石が発達し、それと同時に豆腐料理も普及していきました。

 そして、一般庶民の食卓にのぼる回数が多くなったのは、江戸時代に入ってからです。

 それは、豆腐が安価で手軽に作れること、そして何より、米中心の日本人の食生活に、その淡白な味覚がぴったりと合ったからに他ならないでしよう。




豆腐2 豆腐の美味しさ [おコメと、そのパートナーたち]

 豆類は穀類と違って、単に水を加えて加熱しても容易にやわらかくならないという点で、古代人にとっては扱いにくい食品だったはずです。

 つまり、調理や加工に、より高度な技術が必要とされたのです。

 この難問を解決するのに様々な方法が発明されましたが、なかでも加熱し、次に砕いてペースト状にし、さらに塩で凝固させる豆腐づくりの技術は、極めて高度な食品加工法であり、大豆の栄養価を損なわず上手に消化吸収する理想的な調理法でもあったのです。

 もっとも、中国で作られ始めた頃の初期の豆腐は、硬くて決して美味とは言えないものだったようです。わが国に伝来してから、貴族や僧侶の食する精進料理として重宝されるうちに、苦汁のパランスなどが微妙に工夫され、日本人の繊細な味覚に台つた、今日のような味になったのです。


豆腐1 昔も今も人気者! [おコメと、そのパートナーたち]

 豆腐の誕生には諸説がありますが、項羽を破って漢王朝をつくった劉邦の孫で、名著「淮南子」を書した学者でもある劉安の発明であるというのが通説になっています。

 その根拠は、明代の李時珍が著した薬学書「本草綱目」(1578年)の穀の部に、豆腐についての記述があり、劉安の発明であること、そしてその製法までが語られていることにあるようです。

 わが国に伝えられたのは、遣隋使・遣唐使として仏教や律令制度を学ぴにいった僧侶や留学生たちが、かの地からの土産として持ち帰ったのが最初ではないかと推測されています。

 文献としても、奈良の春日若宮の神主の日記の中の寿永2年(1183年)正月2日の記述に「春近唐符一種」とみえるのがわが国での最初です。



味噌4 ヘルシー、おいしい! [おコメと、そのパートナーたち]

 古くから和食に欠かせない調味料として、また豊宮な栄養を含んだ食品として、味噌は日本人の食生活に根づいてきました。

 近年ではおいしさだけでなく、様々な食材と組み合わせることでパランスよく栄養をとれる食品として、欧米諸国でも注目を浴びています。

 味噌の効用として知られるものは多数ありますが、一般的にはコレステロ‐ルの抑制、動脈硬化予防などの成人病に効果があると言われています。

 しかし、みそ汁の塩分を気にされる方もいますが、実際には、みそ汁等からとる塩分の量は、一椀で1.6g程度です。

 また、具に芋類や緑黄色野菜、海藻、きのこなど、カリウムや食物繊維を多く含む食材を使うことで、塩分の作用を和らげることができます。 (全国味噌工業組合連合会)

味噌3 日本人なら、ごはんとみそ汁! [おコメと、そのパートナーたち]

 温かいごはんとみそ汁は、最も身近な日本食の代名詞と言えるでしよう。

 米食文化の日本において、この「ごはんとみそ汁」の組み台わせは、栄養のパランスからみても絶妙なものと言えます。

 通常、米などに含まれている植物性たんばく質には、私たちの身体を構成するために不可欠なリジンやスレオニンといった必須アミノ酸が少ないのですが、味噌の原料となる大豆のたんばく質は、それらの成分を豊富に含んでいるのです。

 一方、米には大豆に不足しているメチオニンなどのアミノ酸が多いので、お互いを組み合わせて食べることによって栄養価値が高まるのです。

 このように「ごはんとみそ汁」の問には、おいしさだけではない栄養面でのパランス関係が保たれているのです。健康のためにも、ぜひ活用したいものです。

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