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佃煮2 東の佃煮、西の時雨煮 [おコメと、そのパートナーたち]

 関東の佃煮と同じように、関西には時雨煮がありました。

 時雨煮は、新鮮な貝類に生姜を加えて煮上げたものです。

 かつて、尾張名古屋の門跡に奉勤していた者が、十月の時雨れどきに、徒然なるがままにハマグリと生妻を煮て門跡に献上し美味を賞賛されたのが、その名の始まりとされています。

 特に、肥沃な濃美平野を流れる木曾川・長良川・揖斐川が注ぐ伊勢湾で獲れるハマグリ・アサリ・シジミ等の時雨煮は有名でした。

 佃煮・時雨煮のいずれも珍味として珍重されましたが、江戸時代の生産様式は、小規模な家内生産の域を出ず、産業として大きく発展するのは、明治になってからのことです。

 明治10年の西南の役において、陸軍省が大量発注を行ったのが刺激となって、佃煮製造業は次第に盛んになっていきました。




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佃煮3 軍用品から一般家庭へ [おコメと、そのパートナーたち]

 明治27年に起こった日清戦争では、缶詰の姉妹食品として佃煮が重用され、戦地に大量に送られました。

 その後、明治37年の日露戦争においては、佃煮の軍需用品としての適性が高く評価され、佃煮製遣業は大きな発展を遂げました。

 軍人からその家庭へ、そして一般庶民の食卓へと需要は広まり、日本の食卓には欠かせない副食品としての地位を確立していったのです。

 大正時代になると、ますます庶民の支持を得て、従来の生鮮物だけでなく、タラ・コウナゴ・コンプ・スルメなどの乾物を原料とする佃煮が関西地方で始められ、だんだんと各地へ広まっていきました。

 関東大震災のつらい体験が、保存食・非常食としての佃煮の有効性を強く認識させ、その後の需要が著しく拡大したことは、歴史の皮肉な教訓と言えるかもしれません。


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佃煮4 食欲増進効果あり! [おコメと、そのパートナーたち]

 佃煮は、日本人の嗜好に合わせて原料素材と醤油の風味を生かしたもので、甘味をほどよく調和させた調味液が素材によく染み込むまで丹念に煮熟または焼煮して原料素材中の水分が調味液中の塩分、糖分、その他の調味料と入れ替わるまで煮詰めたものです。

 佃煮の栄養価は、当然のことながら、使われている原料によって異なります。

 小魚・貝類を原料としている場合には、たんばく質が豊富なだけでなく、まるごと煮込む製法上から各種ビタミン・カルシウム・鉄・リンなどのミネラルまでを豊富に含有しています。

 また、コンプのような海藻類を原料としている場合は、炭水化物の一種である特有の粘質物と繊維を含んでいるため、便通を良くし、またヨードを多量に含むため甲状腺腫等に効果があるとされています。

 鰹にコンプ、貝にコンプなど、二種類以上の原料を混合煮にしたものは、栄養面でも好ましいことであり、生妻・唐辛子・山淑などの香辛料を入れたものも、製品においしい香味・辛味を添え、食欲培進などの効果をもたらしてくれます。 (全国調理食品工業協同組合)
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酢 1 人類が初めて知った酸味物は…? [おコメと、そのパートナーたち]

 酢の歴史をひもとくと、遠く紀元前5000年頃の古代パビロニアの地で「ナツメヤシの樹液や果汁から酒などと共にビネガーが作られていた」という最古の記録にたどり着きます。

 人類が初めて知った酢、それは果実などを貯えている間に発酵してできたものだったのです。

 その後、西洋ではビネガーは家庭で作られるようになり、風味材や保存料として用いられていたようです。

 隣の中国でも、日本の縄文時代の頃には、すでに臓(なます)を食べていたという記録が残されており、日本に酢の醸造技術が渡来してきたのは、古墳時代の応神天皇(369~404年)の頃と言われています。

 その日本最古の酢は「いずみす」と呼ばれ、和泉の国(現在の大阪府和泉市)で作られたそうです。


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酢 2 魚の種類に応じて [おコメと、そのパートナーたち]

 酢が本格的に調昧料として利用されるようになったのは奈良時代以後のこと。

 『万葉集』巻十六にも記されているように、当時は「署(ひしお)」(当時の塩蔵発酵食品の総称で、草醤(くさびしお)、肉醤(ししびしお)、穀醤(こくびしお)の三種類に分かれていた)に酢を混ぜたものを鯛につけて食べるのが、たいへんなご馳走であったそうです。

 平安時代に入ると、塩・酢・酒・醤が使われるようになりましたが、4種すべてを食す経験を持てるのは、高貴な身分の人たちだけで、庶民のレベルで最もボビユラーな調味料は、塩と酢だけであったと言われています。
 
 室町時代には、刺身用に魚の種類それぞれに適した合わせ酢が開発されるほど、酢は調味料の主流として広く愛用され、種類も多彩になってきたのでした。

 江戸時代に入ると「いずみす」は相模の中原(神奈川県)、駿河の善得寺(静岡県)、尾張の半田(愛知県)の地に伝わり「酢屋」として酢を売る店が独立しました。




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酢 3 米と酢の出会い [おコメと、そのパートナーたち]

 酢と米を使った身近な料理の一つに「すし」があります。

 すしは元々、魚を貯蔵するためにごはんと一緒に漬け込んだのが始まりで、ごはんは漬け床であって食べるものではありませんでした。

 その原型と言われるのが「馴れずし」です。

 室町時代になると、発酵するかしないかくらいのごはんと一緒に多少の酸味を帯ぴさせた魚を食べる「生成(なまなれ)ずし」が登場します。

 これが「押しずし」や「箱ずし」の原型です。

 その後、米酢を使って外部から酸味をつける「早ずし」が現れたのは江戸時代の初めからのことで、現在のように酢飯と生魚を合わせて握るだけの「握りずし」が考案されたのは、江戸時代も後期、文政年問になってからなのです。


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酢 4 疲労回復効果 [おコメと、そのパートナーたち]

 昔から身体に良いとされている酢には、次の3つの効用があります。

 1つは、酢のさわやかな酸味が唾液や胃液の分泌を促し食欲を増進させ、消化吸収を助ける働きです。

 2つめは、酢には防腐、殺菌効果があり、昔からすし等で品質を保つ方法がとられてきました。

 3つめは、酢の酸味が塩分を抑えた料理の味気なさをカパーし、減塩の効果があることです。

 また、酢には魚の生臭みを抑えたり、里芋のぬめりをとる等、調理上の効果もあります。

 酢は、肉・魚介類・野菜・果物など、いろいろな食物と良く合うので、栄養面での偏りを防ぎ、パランスのとれた豊かな食生活に役立てられます。 (全国食酢協会中央会)

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醤油1 中国からやってきました! [おコメと、そのパートナーたち]

 古代中国から伝わったとされている醤油の原型「醤(ひしお)」。

 保存のために塩漬けした発酵食品の一種で、材料別に、草醤(くさびしう)・肉醤(ししびしお)・穀醤(こくびしお)の3つに分けられます。

 このうち、米・小麦・大豆などを食塩とともに発酵させた「穀醤」が今日の醤油の元祖と言われています。

 仏教の伝来とともに肉食を敬遠する風潮が起こり始めたことから菜食に対する味付けに工夫が必要とされ、穀醤は調味料としての地位を築き発展していきました。
 わが国における醤油のルーツを探ってみると、その歴史は鎌倉時代にまでさかのぼります。

 信州の禅僧、覚心が中国より径山寺味噌(きんざんじみそ)の製法を持ち帰り、紀州の湯浅の村人たちにその製法を教える週程で、桶の底にたまった液汁で食べ物を煮るとおいしいことを発見。

これが現在の溜(たまり)醤油の原型とされています。




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醤油2 野田や銚子に・・・ [おコメと、そのパートナーたち]

 室町時代に入ると、商品としての醤油の製造が当時の文化の中心、関西で始まります。

 政治の中心が江戸に移った江戸時代の初めまでは、上方の醤油が主に流通していました。

 しかし、このころの醤油の値段は、米の3~4倍と、かなり高価なもので、今日のように一般に普及するようになったのは、それよりもう少し後のことです。

 人・物・情報がどんどん江戸に集まり、華やかな大江戸文化が幕を開ける頃になると、野田や銚子の醸造家を中心に関東近郊でも醤油が生産され、多様な食文化の発信地となり、江戸の需要に応えるようになります。

 色の濃い関東風の濃口醤油が、またたく間に将軍家から庶民に至るまで上下のへだてなく江戸っ子の食生活に浸透していったのです。




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醤油3 万能調味料! [おコメと、そのパートナーたち]

 日本料理は正に醤油とともに発達してきたと言っても過言ではないでしよう。

 すき焼き、蒲焼、照り焼きから湯豆腐、煮物に至るまで、そのほとんどに醤油は用いられています。

 代表的な日本料理として知られる刺身も、江戸時代に良質の醤油ができるようになってから、わさぴ醤油の友として普及したと言われています。

 今でこそ「ソイソース」として海外でも大人気の醤油ですが、幕末の旅行案内にはこんなことが記されています。

 「日本にて平生肉食に馴れざる人は、船に乗るとき、漬物、醤油、その外の食物を少しばかり用意すべし。

 外国風の食物のみにて、はしめ二、三十日の間は困るものなり」。

 旅馴れた現代人でも、海外に出ると食事の面でホームシックにかかることが多いのは、醤油がいかに私たちの生活に根づいているかを物語っているようです。


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醤油4 上手な醤油の利用方法 [おコメと、そのパートナーたち]

 古くから日本料理に密着してきた醤油には、胃液の分泌を活発にして、食欲を高め消化を助ける働きと、殺菌作用があるのです。

 また、私たちの身体に欠かせないアミノ酸を多く含んでいます。

 欠点といえば、塩分の多いことが挙げられますが、上手に適量をとるように心がけることが大切です。

 最後に、醤油は保存法を誤ると褐変現象により色や風昧が落ちてくる場合があります。

 おいしさを長持ちさせるには、開栓後、冷蔵庫に入れるのが一番です。

 また、新鮮なうちに早く使いきれるよう、使用量に合わせた分量を買い求めるのが上手な醤油利用法と言えそうです。  (日本醤油協会)
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